Kittyは映画が大キライ

私の私による私のための映画レビュー

『ブラック・スワン』 フロイトの忘れ物

ブラック・スワン』(原題:Black Swan)

ダーレン・アロノフスキー監督

 2010年、アメリカ

 

フロイト精神分析の世界

 

この映画を観ていて、いつもの通りの心理物理学的な映像の物理特性に対するアプローチ、あるいは表彰文化論的な映像表現と演技の特性に対するアプローチのいずれも無力であることを確信しました。この映画はあまりに映画らしくない、20世紀バレエを単純にハンディキャムに収めてしまっただけの映像だったからです。

抑圧的な母親(バーバラ・ハーシー)と性的に迫ってくる演出家(ヴァンサン・カッセル)によって発狂する若い女性(ナタリー・ポートマン)というこの構図はほぼ完全なフロイト的世界であり、前世紀末にすでに風化した思想です。それを21世紀に、なんのモンタージュ的な工夫もなく再現してしまった以上、この映画が我々の時代の社会に結ぶ表象は単なる懐古趣味であり、特筆すべきセンセーションのない平凡な映像にすぎません。

よってこの作品を映画としてとらえる方法は全く拒絶されており、ささやかな抵抗としてここに、精神分析という20世紀最大の詐欺事件が映画という芸術領域に残した爪痕を考察します。確かにスタニスラフスキー・システムアクターズ・スタジオ(The Actors Studio)の背後にフロイトたちの影響があった可能性は否定できません。しかし現在フロイトの功績とされることのあるほかの様々な事象と同様、スタニスラフスキーや身体論的な演劇理論も、実際には党の役者たちが持つ経験則にむしろ依るものであって、フロイトとの相関は偶然の類似にすぎません。

さて、それでは今回もまた心理学のお話です。大きく2つ、フロイトがしでかした非人道的な行いを指摘します。

 

セックスとジェンダーについての問題

 

フロイトは自身が心理学者であると述べていたそうですが、現在の心理学者の中に彼が同輩であることを肯定する者はいないでしょう。

彼の理論は基本的には、極端な性的一元論によります。いわく、人は皆、心の奥底に性的な欲求を抑え込んでいる。これは異性親に対する近親的欲求であり、適切に発散されない性欲によって心の病が生じる。

これはたしかに刺激的な考え方です。日常の経験に真っ向から反していますし、なんとなくすべてを説明できそうな気がしてしまいます。しかしこの考えが広く受け入れられた理由はむしろ、当時の男性優位社会にとってあまりに便利だったからでしょう。

 

ブラック・スワン』でも演出家がニナに迫るシーンがそれを体現しています。演出家の行動はセクハラどころかほとんどレイプです。しかしこれはニナの問題として、ニナが内に秘めた性的な欲求の発露として描かれます。

こんな理不尽があるでしょうか。フロイトの男性が女性を性的に虐げるのは、女性が総じて淫乱で誘惑的だからだということにされます。フロイトが自らの封建的な思想をまもるために診療のデータを改ざんしたことはあまりに有名ですが、それでもなお、フロイト的なジェンダー観がこの21世紀にも残っています。

 

科学に対する挑発

 

科学の世界では対立する仮説が乱立することも珍しくはありません。喧々諤々の議論、というよりはもうほとんどけんかに近い剣幕のやり取りでさえいたるところで目にします。

一方で、フロイトの学説に対しては現代の心理学者は誰一人として疑問を呈することはありません。なぜか。彼の理論が絶対的に優れているからでは当然なく、彼の理論は全く非科学的であるからです。

科学において最も重要なのは論理的で再現可能であることです。心理学も科学である以上、その目的は「こころ」という曖昧模糊としたなにかを、誰がみても納得する形で説明し、予測することです。しかしフロイト精神分析は彼一人の妄想でした。

うそをついている人間は指先が震えるだとか、夢の中身には「無意識」の心理状態が反映されるであるとか、こんなことは当時でさえ簡単に実証的に検討できたはずです。極めて単純な実験さえしていれば到底たどり着くはずがない、子供じみた妄想に「精神分析」がなんてたいそうな名前を付けて提出してしまった。そして多くの芸術家はなぜかそれを頭から信じ込んで、20世紀は2度目の中世になってしまった。全く的外れなあてずっぽうのことを科学とは呼びませんが、なぜかこんなものがいまだにまかり通っていて、ここにこうして映画が一本出来てしまった。開いた口が塞がらないとはまさにこのことです。

 

うちわネタ映画

 

結局のところ『ブラック・スワン』はフロイトの信者による壮大なうちわネタにすぎず、それ以上何も得られない映画でした。フロイトの思想を完ぺきに体現しているのかもしれませんが、それは映画ではなく宗教団体のプロパガンダです。

統合失調症をおもわれる精神疾患が描写されてはいますが、その原因がさも”リビドー”であるかのような言説は非科学的である上に、極めてミスリーディングな思想的テロリズムです。一日でも早くフロイトという名前が世界最大の科学的スキャンダルであることが常識となりますように。映画界がこの傷から立ち直りますように。