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Kittyは映画が大キライ

私の私による私のための映画レビュー

『ファンタスティック・ビースト』と魔法使いの旅』 ありがとう、ほんとうにありがとう

好きな映画 映画館で観た映画

『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(原題 : Fantastic Beasts & Where to Find Them)

デヴィッド・イェーツ監督

J・K・ローリング脚本

2016年、イギリス・アメリカ

 

ここしばらく大学が忙しくて映画を全然観られなかったんですが、ポッタリアン(熱狂的なハリポタファン)としてこればっかりは観ないわけにはいきません。23日の公開初日、朝イチの回に駆けつけました。

たまには人様に魅力を伝えるブログを書いてみます。核心に触れない若干のネタバレがあるのでご注意を。

 

ファンタビって何?

 

ハリー・ポッター』シリーズの続編ということで大々的に宣伝されている今作ですが、その原作は2001年にJ・K・ローリングが書いた同タイトルの書籍です。日本でも『幻の動物とその生息地』(松岡佑子・訳、静山社)で出版されました。(ところで、どうしてこの邦題を使わなかったんでしょうか?松岡訳も問題がないわけではないですが、映画版の邦題は酷すぎるでしょう。)この本はハリーたちが作中で使っている教科書のレプリカという設定で出版されました。そしてその本の作者こそが『ファンタビ』の主人公、ニュート・スキャマンダー(演:エディ・レッドメイン)です。彼に関しては作中でも数回言及されていますが、その正体はずっと謎に包まれていました。何せ物語に直接関わらないので、単なる設定上の人物にすぎなかったわけです。ずいぶん個性的で魅力的な人物なのはなんとなくわかっていても、どんな人なのか、どうやってあの教科書を書き上げたのかはわかりませんでした。

そんな彼にスポットライトを当て、彼が『幻の動物とその生息地』を書き上げるべく世界を飛び回っていた頃を描いたのが『ファンタビ』です。ですから原作にしているとはいえ本の中身を追うわけではなく、その背後にあるニュートの生き様と冒険を掘り下げていくファンタジー・ドラマと言えるでしょう。

彼がどうやってあの教科書を書いたのか。一人の魔法使いとして何を思い、何を成し遂げたのか。そこには単なるファンサービスを超えた、普遍的なドラマがあります。それではこの映画の魅力を3つに分けてご紹介しましょう。

 

①登場人物の魅力

 

先述の通り、ニュートという人物は謎めいた存在でした。名前はみんなが知っているし、経歴や功績も設定が公開されているのに、どんな人だったのかはわからないハリボテだったのです。そんな彼が、この度実写映画によって肉付けされ、生きた人間として我々の前に現れました。それだけでも素晴らしいことです。しかしそれ以上に、我々の前に現れたニュート・スキャマンダーは、風変わりで、優しく、一生懸命な、愛すべき人物だったのです。

 

思えば"ハリー・ポッター"の物語はいつも「はみ出し者」の物語でした。伯母一家に拒絶されながら育ったハリー、類い稀な知性のせいで周りに距離を置かれてしまうハーマイオニー、個性的な兄たちに劣等感を抱き続けたロン。ダンブルドアでさえ、過去に背負った悲しい傷に苛まれ、ヴォルデモートに至っては生き過ぎた孤独と絶望があの惨劇を産んだのでした。ハリーたちの物語は最初から最後まで、心に傷を負いながらも、誰かを信じ、愛そうと足掻き続ける人々が、自分の居場所を見つけ出す物語でした。

その意味でニュートは新シリーズの主人公にふさわしい魔法使いでした。魔法動物に夢中な"オタク"で、どうやらそれが原因でホグワーツを追われ、大切な人との別れも経験しています。彼もまた、孤独な「はみ出し者」です。それでも魔法動物を愛し続け、彼らが安心して暮らせる世界を作るために奔走する彼の優しさは、魔法使いや「ノン・マジ」にも分け隔てなく向けられます。一見すれば奇人変人の類ですが、そんな彼の周りには次第に大切な友人たちが集まってくるのです。ニュートと彼らの出会いについてはネタバレを避けるためにここでは言及しませんが、友人たちもニュートに負けず劣らず魅力的な人々です。

そんなニュートを演じるのはあのエディ・レッドメインです。「レ・ミゼラブル」(トム・フーパー監督、2012年)でも評価されていたらしいですが、私の印象はむしろ同じ監督の「リリーのすべて」(2015年)の方が強烈でした。役が役だけに当たり前のような気もしますが、少しはにかんだ繊細な微笑が、アイナーとリリーの両方に映えていましたし、人物の深い内面を微妙に演じ分ける実力も複雑な役において遺憾無く発揮されていました。今作でも、彼の真骨頂である魔性の微笑は健在で、ニュートの愛くるしさとチラリと覗く寂しさを巧みに印象付けています。まったく素晴らしい俳優です。個人的には今一番好きな俳優の1人かもしれません。

 

②時代と舞台設定の魅力

 

ハリーたちが闇の魔法と戦ったのは1990年代でしたが、ニュートがアメリカを訪れた今作は1920年代のお話です。20年代のアメリカといえば言わずと知れた禁酒法時代。魔法界では名高い闇の魔法使い・グリンデルバルドが暗躍していました。アメリカでも魔女狩りの機運が高まりつつある、そんな時代です。

 この時代のアメリカが持つ独特な魅力は、魔法とは関係なく我々を虜にしてきました。レオーネの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」やデ・パルマの「アンタッチャブル」なんかはいい例でしょう。モリコーネの雰囲気です。最近では「欲望のバージニア」(ジョン・ヒルコート監督、2012年)も見応えがありました。この頃のアメリカは、第一次大戦後の未曾有の繁栄の時期であると同時に、ギャングが跋扈し、世界恐慌の足音がどこか遠くにはもう聞こえる不安の日々でもありました。狂気じみた繁栄と、形の見えない恐怖が入り混じる矛盾した熱狂。自動車とトミーガンが象徴するアウトローの時代。私たちを惹きつけてやまない時代です。

ファンタビはこの時代をうまく魔法界に落とし込んでいます。ヨーロッパのグリンデルバルド、アメリカの魔女狩り。裏社会を牛耳る小鬼のマフィア。そんな時代に懸命に人を信じ、魔法動物もノン・マジも分け隔てなく接するニュートのひたむきさが際立ちます。

もちろん、この時代独特のファッションや小道具も魅力的です。特に小鬼たちの地下クラブが素晴らしい。音楽、カクテル、壁の手配書…禁酒法時代、アメリカ、魔法界というこの物語の舞台のエッセンスが詰まっています。

 

③物語の魅力

 

この作品が普遍的な物語であるというのもまた事実です。『ハリー・ポッター』がそうだったように、ファンタビもまた、拒絶と受容の葛藤をめぐる物語であるといえるでしょう。

魔法を拒絶するノン・マジ、彼らとの開戦を主張するグリンデルバルド。救い難い憎しみの構造の中で、ニュートはただ彼らしい優しさで、友人に向かい合います。ニュートの在り方は、ハリーやダンブルドアもそうであったような、本物のヒーローです。この作品に限らず、ローリングの物語は多分に政治的な要素をふくんでいますが、それでもなお、我々の心に訴えかける愛と勇気の物語なのです。