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Kittyは映画が大キライ

私の私による私のための映画レビュー

『我らが背きし者』 かくも狂おしきスパイ映画

映画館で観た映画 好きな映画

『我らが背きし者』(原題 : Our Kind of Traitor)

スザンナ・ホワイト監督

2016年、イギリス

 

粗々ですが、また考え込んでお蔵入りする前にとりあえずまとめてしまいます。まさかここまで面白いとは。

 

王道のようで邪道、邪道のようで王道

 

原作はル・カレですから当然スパイ映画です。ロシアン・マフィアのリーク情報を巡る陰謀に巻き込まれてしまった冴えない大学教授(ユアン・マクレガー)のお話です。ひょんな事からヤバイ話に巻き込まれて…っていうのはスパイ物、サスペンス映画ではよくあるパターンですね。サスペンス映画の批評理論の詳細はまあおいといて。あらすじだけで言えば特に目立ってもいません。マイケル・マンの『コラテラル』(2004)なんかの方が派手かも。ただこの作品は勝るとも劣らない傑作なのです。

まず、発泡シーンが2回くらい?しかありません。それどころかロクなアクションもないし、人もそんなに死なない。『裏切りのサーカス』みたいなウソや計略の連続というわけでもなく、誰が味方で誰が敵か、悪い陰謀の全貌までもが割と早い段階で出尽くします。スパイ映画の割に、衝撃の展開も血腥いアクションも欠落しているのです。

それでもこの作品が優れているのはひとえにその繊細な人物描写によるでしょう。観る者を引き込み、共感を引き出す一流のキャメラと、言葉では明確に説明できない人間心理が持つ微妙さを見事に印象付ける俳優たちの演技が素晴らしいのです。スパイ映画は必ずしも、近未来的なガジェットや裏の裏をかく奇抜さによって成り立つのではないと教えてくれます。まったく、ダニエル・クレイグがボンドに収まってからこのかた、スパイ映画はどんどん面白くなってきましたね。多様化といってもいいでしょう。いろんなやり方でスリルとサスペンスを演出できるようになってきています。

 

鏡が映す内面

 

さて、この作品の優れた内面描写についてもう少し。

スパイ映画ですから、そうはいっても誰を信じたらいいのかわかりません。みんながみんな嘘を言ってるかもしれないわけですし、だからこそ主人公も疑わしい。お願いされたからといってマフィアのおつかいをしてあげるだなんてよっぽどのお人好しか、あるいは何か良からぬことを企んでいるかのどちらかにしか見えないはずでしょう。しかしこの映画では鏡に対する徹底したこだわりが、そんな信用ならない登場人物たちに説得力のある共感性を与えています。

相手が本当のことを言っているのかどうか、というのはなかなか現実でも難しいところです。相手の顔や仕草から何かを読み取るのは難しい。この映画でも、窓や柵の外から覗き込むようなアングルのショットが多用され、理解しがたい主人公たちの言動や、それに苛立つ他の人物に様子が描かれます。特徴的なキャメラです。

さらに印象深いのは、執拗なまでに繰り返される鏡です。鏡や窓や車のボディーに反射する顔が頻繁に登場しますが、これはとても重要なポイントでしょう。なぜなら複雑なそれぞれの登場人物の内面はここにこそ表出するからです。とんでもないことに巻き込まれ、さらに深入りしようとする主人公。そんな彼に呆れながらもなぜか協力する妻(ナオミ・ハリス)。会ったばかりの赤の他人に家族の命を託すマフィア(ステラン・スカルズガルド)に、裏切り者への逆襲を図りながらもマフィアの家族に同情しているらしきスパイ(ダミアン・ルイス)。彼らはいずれも理解しがたい、非合理な感情を抱えていて、それが故にお互いを信用できないはずです。観客もおなじで、彼らは奇怪な存在でしかなく、共感は生まれません。しかし、そんな彼らの姿を鏡を通して一旦意味を解体していくことで、複雑怪奇な内面が極めて強い説得力を持ってこちらに伝わってきます。

Rotten Tomatoes には「登場人物に共感できない」というのは批評も寄せられていましたが、見当違いも甚だしい。むしろ強い共感性を持った映画です。こんなに面白い映画、他になかなかないでしょう。一見の価値ありです。